地下室のアリス ~喫茶去~

今日は新潟にあるカフェのお話。

新潟──ニイガタ。そこがどんな土地なのか、あまり知らない人も多いだろう。

夏は、脈々と広がる山と田、そこを駆けていく風と、花火、祭りの匂い。

冬は、雪深き大地に点在する古民家、お米、日本酒、そして魚。

まずはそんなイメージだろうか。

もちろんそれは当たっている。そして、ちょっとネットで調べてみようものなら、優れた地場産品や歴史・風景のオンパレードだ。今度は一転、華やかな観光地としての顔が視えてくる。

しかし、前述の田舎的なイメージとは裏腹に、特に新潟市内はわりと都会的な”街”だ。実に当たり前のことだが、そこで暮らす人も皆等しく現代の技術や悩みを享受しているわけで、スマホを使い、ビルのオフィスに通勤し、商店街やショッピングモールに買い物に行く。時折外国人の姿も見られれば、お酒が苦手な人もいれば、お米よりパンを好む人もいるだろう。

僕も縁があってそこを歩くまで、ニイガタを知ることはなかったし、今も”よく知っている”とは云えない。変わり続ける、広く、懐の深い土地だ。

そんな土地の片隅に、不思議な空間がある。

カフェ「喫茶去」だ。

場所は、東中通というところ。新潟駅から西側へ、萬代橋を超え、さらに歩くと日本海に至る大通りを少し曲がったところ。さらに直進すれば、白山神社という大きな神社に辿り着く。

この辺りは、「都会の喧騒を少し外れた」という表現がまさにぴったりな界隈で、わいわいとした雰囲気が一瞬途絶え、車の走行音が少し大きく聞こえ出すような感じの場所だ。一目で何屋さんという店たちが姿を潜め、注意深く歩いていなければ、そこに不思議の国の入り口があるとは気づかない。

アンディ・ウォーホルの猫のイラスト(だと後に知った)とゆるめのフォントに彩られた赤い看板に導かれ、地下に降りることにする。

地下はとても暗く、ひんやりと静まり返っている。夏であれば地上とのコントラストが激しくて、灯りがなければ自分の手元も見えなくなりそうなほどだ。この地下通路を奥に進んでいくのはなかなか勇気がいるが、幸い、カフェ「喫茶去」のドアは階段を下りたすぐそこにあり、ほっとする灯りをたたえている。

内装もやはり薄暗くレトロな喫茶店で、落ち着いた赤を基調とした床や、冬には現れる可愛らしいストーブが印象的だった。

「だった」というのは、ここを訪れたのがもう8年ほど前の夏の夜になるからだ。つい先日も、新潟を訪れる機会に恵まれ、喫茶去へと向かったが、そのドアは暗く閉ざされたままだった。もう営業していないのだろうか……。情報をお持ちの方は、是非ご連絡いただきたい。

ある夜、僕は洋ナシのパンナコッタをいただいた。コーヒーとセットで700円くらいだっただろうか……。白いココットを照らし出すキャンドルがひときわ美しかったのをよく覚えている。

また、ここを語るとき、忘れられない思い出がある。

地下の薄暗さとプロジェクターを利用して、壁にサイレント・ムービーが映し出されていたことだ。その映画は、「不思議の国のアリス」(1903)。何かのイベントだったのか不明だが、客は僕と数名だけで、誰もが、なんでもないことのように、自然に時を過ごしていた。もっとも、僕だけは全編を食い入るように観てしまった。

木陰でうたたねをしたアリスが迷い込むのは、着ぐるみの動物たちが演じるちぐはぐな世界。涙で溺れかけ、名前すら忘れて、もう現実の世界に還れないのでは、という不安が鎌首をもたげるも、好奇心の赴くままに次々と舞台を移動していくアリス。トランプ兵と女王様のクロッケーに興じ、ロブスターたちと踊り、ハートのジャックの裁判に参加してしまう……。

ある種不気味ともいえ、ひたすらに美しいともいえるこの物語は、喫茶去によく似合っていた。

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