杜の都の甘い特等席 ~甘座洋菓子店~

杜の都、宮城県仙台市。

夏の終わりはジャズ、冬は光のページェント。美しい構造物と自然が溶けあい、四季折々の風が駆け抜ける定禅寺通。

数えきれないほどのカフェが軒を連ねるこの場所は、僕にとって心の原風景だ。けやき並木から降り注ぐ木漏れ日と、何処からともなく漂ってくる珈琲の香りは、かつて十代だった僕に洗礼を与え、そして大人になって街を離れた今も、そこを通り抜けるたびに、大切な何かをそっと教え続ける。

今日は、そんな通りの一角にある老舗洋菓子店を紹介したい。

甘座洋菓子店。

1968年の創業から続く、名店中の名店だ。

およそ50年前の日本とはどんな国だったのだろうか。ラジオからはビートルズが流れ、タカラから「人生ゲーム」が発売され、ケネディ大統領が暗殺された時代。僕はそれらを史実として知るのみだ。

だが、どうだろうか。この店のケーキを傍らに遥かな時を過ごしてきた人々──母に連れられやってきたお菓子大好き少女、悩める学生、尊敬する先生のもとを訪れる人、恋人たち、品の良い祖父母、いくつもの家族──の姿を、まるで実際にこの眼で見てきたかのように思い浮かべることができる。

僕と甘座の関係はというと、実は最近、仙台を離れた後に始まった。

仙台で暮らした頃も甘座の前を通ること自体はよくあり、かつてから「この美しい店のケーキを食べてみたい。この景色の一部になりたい」という強い想いにうなされたものだった。しかし、当時僕が住んでいたのは宮城県の辺境にある住宅街で、華やかな仙台市街からは電車をバスを乗り継いで二時間以上かかる。交通費も馬鹿にならないし、生クリームの載ったやわらかな洋菓子を、日差しや乱暴なバスの運転から守りながら帰宅する自信もない。だいいち、この定禅寺通の木漏れ日の中で、きちんと皿に盛りつけてこのケーキを口に出来たら、それはどれほど幸せだろうかと思うと、ただただ自分の不運を噛みしめて、店の前を通り過ぎるしかなかったのだ。僕と同じ思いを抱いた人も、少なくないのではないだろうか。

ところが僕は、大人になった今、仙台市街のホテルに滞在して、この店のケーキを買って歩いて部屋に帰るということがよくある。皮肉なことに、一度仙台を離れたことによって、僕と甘座は近くなった。ほかならぬ自分の稼いだお金で、ただ自分のために、あるいは大切な誰かのために。一輪の花を選ぶように、ショーケースの中を覗き込む。ほろ苦い思い出をひたすらに甘く癒すように、そこにはいつまでも変わらない作品たちがあり、僕もきっと、当時のままの憧れのまなざしをそれに向けている。

かなり前置きが長くなったが、先週末もひとり、甘座に寄ってきた。

店内にはBGMはなく、冷蔵ケースの静かな動作音が流れている。時が止まったかのようだが、寂しさや緊張感は一切なく、むしろわくわくとした気持ちが高まって止まらない。

もしもあなたが、

「苺のショートケーキの絵を描いてください」

と云われたら、真っ先に想像するであろう苺のショートケーキ。

それが甘座のケーキだ。

昔ながらのバタークリームをふんだんに使用した小ぶりのケーキは、どれも絶妙にほっとする味。甘座という、とびきりあまあまな名前とはうって変わって、甘さは控え目で、超一流パティシエの作品に引けを取らない上品な味わいだ。

改めて値段を確認すると、300円代からと、とにかく安い。価格設定もほとんど当時のままなのだ。すべて買ってしまいたい気持ちを抑えて、この日もひとつだけ、注文する。

ところで、今回は驚かされたことがあるので記したい。

なんと、イートインスペースができて、+100~200円で珈琲を頂けるようになったのだ!!!

以前から小さな椅子はあったが、そこは、ケーキを包んでもらうときや、発送の宛名を書くときに、わずかに腰掛ける場所であった。

「喫茶スペースになったんですね」

と見慣れない若い店員さんに尋ねてみると、

「私が来た頃は、こういうふうでしたよ」

とのこと。

はあ~!

時代移り変わりを感じながら、僕もさっそく腰掛ける。

この場所で、珈琲と一緒に、甘座のケーキが頂ける。これは革命。至福である。あー、生きていてよかった。

この日は暑かったので、ラ・フランスのタルトと、アイスコーヒーとしゃれこんだ。

 とろける。

向かい合ったテーブルは1卓のみ。壁際の椅子も含めて、わずか6席の小さなカフェと相成ったわけで、これは相当運が良くなければ、座れないことは覚悟しなければならないだろう。特に窓際のテーブル席は、杜の都のS級特等席と云わざるを得ない。

しかし、なんだっていいことがあったもんだ……。

多くの人に愛される甘座。

この店の甘い思い出は、けやき並木に見守られながら、これからもひとつずつ大切に紡がれていくようだ。

 

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