先日、念願の自転車を買って、葉山の海辺をでサイクリングをしてきた。
葉山の海辺。
言葉にするだけで、ちょっとうれしい。さわやかな風のクオリアが躰を通り抜けていくようだ……。
三浦半島西部に位置するこの街は、日本におけるヨットレースの発祥の地である葉山マリーナや、ダイヤモンド富士を望む長者ヶ埼といったレジャースポット、そして老舗のカフェ、レストランやホテルを抱く魅力的な場所だ。
そんな葉山に魅了される人は多く、著名人の住宅が別荘も多いとか。余談だが僕の好きなZARDの坂井泉水もPVやジャケット写真の撮影で訪れている。
そんなわけで常々行ってみたかったのだが、町内に鉄道路線は無いため、ペーパードライバーの僕にはそういう意味でもちょっと敷居の高い町であった。(もっとも、バスはあるので、行けないこともなかったのだが……)
逗子駅からゆったり出発し、田越川に沿ってミニベロを走らせていくと、建物の間からちらちらと海が見えるようになる。つい立ち止まって写真に収めたくなるような場所ばかりだ。セレブなイメージと裏腹に、長者ヶ埼に至る道は庶民的で、どことなくゆったりとした古い町並みが続く。
走ったり止まったりを繰り返しながら、目当てのお店にやってきた。
「ヒマダコーヒー」
このお店は、僕が以前勤めた会社の、先輩の、同期の、友達の、奥さんの、弟の……? 方が開かれたらしいのだが、実のところ僕とヒマダコーヒーの間には縁もゆかりも全くない。なかったのだが、その面白い名前が耳に残っていた。そんなゆるい風の噂をたどってやってきてみれば、これがなかなか素敵な雰囲気で、コンセプトも、のんびり屋の僕には魅力的だった。
ヒマダ……。
「ヒマ」という空白の時間を、静かにゆったり、大切に味わう。うーん、いいです。
白を基調とした店内、鉄の細いフレームのテーブルや、木の椅子、ささやかなオブジェが、なんとも居心地が良い。
着席すると、物静かな店主さんが差し出してくれたのは、キンキンのお冷……ではなくお湯。なんだか新鮮である。水の、味がする。ほっとする。
この日はランチタイムに訪れたので、「ナポリタン」と、「いつものコーヒー」(という名前)をいただくことにした。
麺、ケチャップも手作りしているというナポリタンは、こだわりの逸品。ナポリタンとしては珍しいフェットチーネで、薄くスライスされたピーマンが鮮やかな緑を添えている。まったりとしたトマトの味に、オレガノの香りが利いていておいしい。田舎蕎麦のような独特の香りと食感を併せ持つ麺とよくマッチしている。
一口一口、しっかりしっとり味わった後は、おまちかねのコーヒーのお時間……の前に、店主さんからすっと一枚のメモが差し出された。
「余計なことかもしれませんが…
ただ今、手打ちパスタの内容一部を
デュラムセモリナ粉から、
小麦の原種と云われる
スペルト小麦の全粒粉に置き換えて
お作りしております.」
とのこと。
な、なるほど~。だから独特の風味だったのか。教えてくださってありがとうございます。
……静かな時間を大切にするお店だが、入り口の注意書きといい、コンセプトのご説明といい、根はちょっとおしゃべりで、いろいろ伝えたいお店でもあるようだ。
以前こちらのブログでも書かせていただいたが、どことかく「Fuzkue」を彷彿とさせる。でも「Fuzkue」が読書をひとつのテーマにしていることに対し、ここには本は一冊もない。一人で何も持たずに来れば、本物の「ヒマ」が味わえる。これはこれで、なんと贅沢なことだろうか。
ゆったりヒマしていると、「いつものコーヒー」が出てきた。
真っ白でつやつやのコーヒーカップに、ネルドリップで抽出される濃い目のコーヒー。あー、おいしい。これぞ原点ですね。サードウェーブコーヒーの流れに乗ってフルーティーな特性を前面に押し出したあっさりとしたコーヒーが流行り始めて久しいが、ときどき飲みたくなる、腕がないと出せないデミタス。いいなぁ。
全体的に、古き良き日本の喫茶店……から、余計なものを引き算し続けて、現代風に研ぎ澄ましていったような感じ。
「海辺のカフェ」というと、アメリカンミッドセンチュリーハデハデなロードサイドレストランとか、サーファーやバイク乗りがクールに立ち寄るイケイケコーヒースタンドとか、はたまたシャンパングラスをかかげちゃうムーディーなお店をぽんぽんとイメージするけど、そうじゃない。葉山だろうがモナコだろうが、いいんだよ、これで。日本人のカフェかくありき。
在りそうで無い、無さそうで、此処に在る。
空白の時間。
さーて、”ついでに”海でも眺めて帰るか~。なんて、魅力あふれる葉山の町が、なんとなく日常になってしまう魔法だ。
ヒマを愛する人は、わざわざ行ってみたらいい。