雨宿りするスズメ ~Cafe et Galarie Moineau~

夏から冬へと一気に寒くなった。

ニュースで流れる「気温差13℃」の衝撃と残業に肩を痛めながら、のそのそと起き出し、カプチーノを作っては呑み続ける土曜日の午後。こんな日こそカフェや温泉が必要だが、今日はあまり出かける気も起きない。

そんなわけで、今日は夏の終わりカプチーノにまつわる思い出を綴ってみようかと思う。

その店を僕が訪れたのはちょうど一年ほど前の事だった。その日は友人と、東京都美術館で開催された「ポンピドゥーセンター展」を観た後、急いでカレーを食べて別れ、ひとり水月ホテル鷗外荘の日帰り温泉で疲れを癒していた。ポンピドゥーセンター展も鷗外荘でのひと時もとても良かったので機会があればそんな話もしてみたいが、とにかくその日の僕は、セン トゥートゥーセントゥーという味わい深い言葉の響き頭の中に転がしながら、軽やかに歩いていた。

美術館の連立する広大な上野公園を南西に抜けると、木々と古い建物の合間を抜ける鬱蒼とした坂道が広がる。平野のようにのんびりと広がる上野のイメージも大好きだが、不忍池やくらやみ坂といった少し不気味な名前を冠するこのエリアは、どことなく通で渋い感じというか、おばけ屋敷的なワクワク感というか、「ありそうでありえない」非日常的な散歩を与えてくれる良い場所だ。季節折々の楽しみ方はもちろんあるが、個人的にはどことなく夏から秋にかけて訪れるのにぴったりな気がする。

 

そんなひんやりとした坂道の途中に、レンガ調の温かで美しい建物が挟まっていることに気づいた。

「Cafe et Galarie Moineau」

モアノとは、フランス語でスズメのこと。日本画によく描かれるためか、スズメというと日本のイメージがあったが、フランスにもスズメはいるのだろう。なんとも親しみが持てて、しかしお洒落で可愛らしいお店であろうか。最初はカフェだとは思わなかったが、近づいてみると本格的なフレンチカントリーなカフェのようだ。決めた。ここに寄っていこう。

足を踏み入れると、思っていたよりも広い。中庭と、地下にはギャラリースペースがあり、まるで、魔法で隠されていた空間にうっかり迷い込んだようなロマンを感じさせてくれる。

そう、この空間は、人を乙女にする。

メニューは豊富で、ガレットが名物のようだ。とてもおいしそうだが、この日はなんとなく一杯のカプチーノだけを頂くことにした。

中庭の緑の中にときどき出現するにゃんこと、店内でおとなしく昼寝する大型犬を眺めながら待っていると、見事なリーフの描かれたカプチーノが運ばれてきた。注ぐ動作だけで描かれるラテアートは単に見た目のの華やかさだけではなく、ミルクとエスプレッソ上質であることの証だ。雰囲気重視の小さなお店とあなどるなかれ、これは期待をはるかに超えた魔法のようなお店だ。

一口含んでみると、砂糖がいらないくらいのミルクの甘みがすーっと広がる。いつまでも維持されるシルキーなミルクは、時のながれをゆっくりにしてくれる。

刻々と暗くなってくる空だけが僕に帰宅を促す。名残惜しい気もするが、かといって、不思議と淋しい気持ちはない。一杯のカプチーノで、僕は十分過ぎるほど居心地の良い時間を過ごした。あまり野暮な言葉を重ねすぎると、魔法が溶けてしまいそうだ。

しかしまあ、絵本の世界への入り口は、案外といろんな場所にあるものだ。今後も暗い坂道を歩くときは、小さな動物になった気分で、注意深く周りを観察してみよう。

2件のコメント

  1. めっちゃ面白かったです。
    嫁さんにも勧めたら、全部一気読みしてました!!!
    「頭がスポンジ」でハマってましたよw
    更新楽しみにしてます。

    1. はやけんさん、こんばんは。
      ご夫婦でご覧いただいたとのこと、ありがとうございます。
      気ままなブログですが、今後とも楽しんでいただければ幸いです。

はやけん へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です